咳 ~鑑別のための大事なポイント~
耳鼻科は上気道の診療をするため、咳が出る方が多く来られます。
ただ、咳の原因はさまざまです。上気道炎(風邪)、アレルギー、胃酸の逆流、飲み込んだものを誤嚥するなどがあり、さらに複数の要素が混ざっていることもあります。
単純に咳止めの薬を使って咳を抑えこもうとしても、原因が残っていると咳がずっと続いてしまうことがよくあります。
今回は咳について解説します。
咳とは?
咳は咳嗽(がいそう)ともいいます。生体の防御反射のひとつで、気道にある痰や誤って入ってきた異物(食べ物やアレルギーの原因物質など)を排除し肺を守るための必要な反応です。
咳が出ないと、痰や異物が気道や肺へ広がりやすくなり、病状が悪化する可能性があります。よって、上気道炎(風邪)の時に無理やり咳止めの薬を使って抑え込もうとすると、かえって長引かせてしまうこともあります。
一方で過剰に咳が出ると、夜も眠れない、胸やお腹の筋肉が痛くなる、頭痛が起こる、など日常生活にも支障をきたすため、どうにか抑えたいと思う方が非常に多いです。
やみくもに咳止めの薬を使うのではなく、咳の原因を特定し、根本的な治療をすることが大事です。
咳の診断
咳は主に 上気道(鼻から喉まで) と 下気道(気管から肺まで) から起こるため、耳鼻科と呼吸器内科(こどもは小児科)の境界領域でもあります。
胃酸の逆流が原因であれば消化器内科との境界領域でもありますし、心理的なストレスが原因であれば心療内科も関わります。
ほとんどの方は咳が1-2週間も続くと心配になるため、急性咳嗽の時期に来られます。
耳鼻科に受診される方は上気道炎(風邪)や副鼻腔炎による後鼻漏により起こる急性咳嗽、湿性咳嗽で受診される方が圧倒的に多いです。
また、上気道炎後に咳だけが残る感染後咳嗽、上気道炎をきっかけにアレルギーが悪化してしまう咳喘息や気管支喘息の方も来られています。
それ以外に咳やのどの違和感が強い方は、胃食道逆流(胃酸の逆流)が原因となっていることもあります。
そのため、当院では感染症が関与しているかを最初に考慮し、症状が長引いている方に対しては、顔面のレントゲンやのどの内視鏡検査を行っております。
ただ、3週間以上咳が長引いている方や、当院での治療で改善しない方は、内科での血液検査や胸部レントゲン、呼吸機能検査をお薦めしています。
咳を鑑別する上で重要なポイント
医療機関を受診する前に以下の鑑別点が問診をするうえで参考になります。
鑑別点① 咳が続いている期間
咳が持続している期間が
3週間以内であれば【急性咳嗽】、
3週間~8週間までを【遷延性咳嗽】、
8週間以上を【慢性咳嗽】
といいます。
その時期によって咳の原因は異なり、急性咳嗽は感染症が多く、3週間を超えると徐々に感染症の比率は下がり、アレルギーや胃酸逆流など体質が関与する比率が高くなります。
鑑別点② 痰の有無
痰がからむ咳を【湿性咳嗽】、痰がからまない咳を【乾性咳嗽】といいます。
気道(鼻や口、のど、気管)を潤すために気道の粘液が常に分泌されています。感染症や強いアレルギー反応が起こった場合に、異物(ウイルスや細菌、ほこり、花粉など)を排除するために過剰に分泌され、のどや気管に残ったものが痰となります。
痰の色によって感染性があるか判断することが多く、黄色~緑色の痰が出るときはウイルスや細菌の感染症を起こしているものと判断します。透明の痰が出るときはアレルギーを疑います。
痰のない乾性咳嗽は、咳喘息/気管支喘息など気道のアレルギーや、胃酸の逆流、心因性咳嗽など感染症以外の病気を疑います。ただ、百日咳やマイコプラズマの初期などの感染症も頻度は少ないものの可能性はあります。他に内科疾患では間質性肺炎、薬剤性(降圧薬であるACE阻害薬)、COPDなども鑑別疾患はあります。
鑑別点③ 咳のよく起こる時間
疾患によって咳の出やすい時間は異なります。
急性上気道炎は1日中咳が出ますが、特に夜になると強く起こります。これは夜間に鼻水がのどに流れこみやすくなったり(後鼻漏)、横になった姿勢により痰の喀出が難しくなったりするためです。
咳喘息/気管支喘息は、夜中から明け方にかけて咳がひどくなります。寝具のホコリの影響、夜間の冷たい空気による刺激、体を休めていることで副交感神経が優位になり気管が狭くなるなど、様々な要因が複合的に関与します。
アレルギー性鼻炎や副鼻腔炎による咳は、鼻水ののどへの流れこみで就寝時に横になった時や、朝のアレルギー発作時にひどくなります。特にアレルギー症状は「モーニングアタック」と呼ばれる、朝の起きがけに鼻症状が強くなる現象が起こります。これは寝ているときにホコリなどのアレルギーの原因物質(アレルゲン)を吸い込んだり、体を動かし始めることで自律神経の乱れが起こったりすることで生じると言われています。
※喘息とアレルギーによる咳(アトピー咳嗽)は、咳が起こる原因がほぼ同じですが、厳密には体の中の反応が異なります。喘息は末梢気道の過敏性亢進、アレルギーによる咳(アトピー咳嗽)は中枢気道の咳感受性の亢進であり、起こりやすい症状の時間帯が微妙に異なります。
胃酸の逆流は、胃酸の分泌が増える食後や、体を横にすると胃から食道への逆流が強くなる就寝時にひどくなります。
心因性咳嗽は、夜間に全く咳が出なくなる点、本人の重篤感が乏しい点が特徴です。小児と大人では原因が異なることが多いですが、身体的咳嗽(心因性が疑われるが、軽度の感染症など何らかの疾患がきっかけになる咳)と、習慣性咳嗽(小児にみられるチックと呼ばれる癖のような咳払い)に分類されます。
難治性の慢性咳嗽について
慢性咳嗽で受診される方の5-10%は治療をしてもなかなか治らないとの報告があります。難治性慢性咳嗽と呼ばれ、2つのパターンがあります。
適切な治療を行っても治療抵抗性の慢性咳嗽(RCC;refractory chronic cough)と、十分な評価を行っても原因不明の慢性咳嗽(UCC;unexplained chronic cough)です。
さらに近年、咳過敏症症候群(CHS;cough hypersensitivity syndrome)の概念も提唱されており、低レベルの温度、機械的・化学的刺激を契機に生じる難治性の咳嗽で、RCCやUCCの概念も含まれている症候群です。
どうしても咳が治らない方には、新しい治療薬のゲーファピキサント(商品名リフヌア)を内服していただきますが、その前に内科での血液検査や画像検査もお薦めしています。
以上、咳の鑑別点を解説しました。
咳の原因はさまざまで、治療の反応をみながら判断することがよくあります。
内科の先生に相談することもありますが、咳が長引くときは耳鼻科疾患の可能性もありますので、ご相談に来られてください。
参考文献
・田中裕士. 止まらない“咳”の診かた. 南江堂
・咳嗽・喀痰の診療ガイドライン2019. メディカルレビュー社
・咳の診断 アロスエルゴンVol3 No1, 2023